■ 「家を出る前の緊張。ひどい暴力があった。顔面を殴られて、眼鏡も飛んだ。唇が切れて、顔と腕にあざができた。拳骨で私を殴ったから、夫は怪我して傷薬をつけてた。その直後に私は家を出た。もっとひどい暴力もそれまでにはあった。子供が見ていても暴力。音が子供に聞こえていても暴力。狭い家で、ふすまを閉めても音は聞こえる。」

■ 「結婚して15年。子供が生まれた頃から、夫の帰宅時間は遅くなったんです。私も初めての出産で子供のことで頭がいっぱいだったし、夫のことをかまってやるゆとりもなかった。仕事で忙しいんだろうと思っていましたし....。子供が幼稚園に行くようになって、いろいろ相談したくて話しかけても夫は無視するんです。何も言ってくれない。私にも悪いところがあったと思うから、なるべく明るくふるまって話しかけるようにしているんだけど、夫は黙っているだけ。夫が何を考ええいるのか、どうしたらいいのかわからない。淋しいんです。いつもイライラしているから、いけないことだとわかっているんですけど、子供にあたってしまう。怒らなくてもいいことまで怒ってします。」

■ 「子供は幼稚園のときに登校拒否をした。『幼稚園は義務教育じゃないからいつやめてもいい。だけど学校は絶対行くんだぞ』と夫が脅すように言っていたから、息子は小学校に入学してまもなく、どんどん元気がなくなった。一学期は一ヶ月に数回休みながらも学校に行ってたんですが、二学期になって子供が重く沈んで、家に帰ってきても『僕なんか、生まれないほうがよかった』とか言う。言葉や顔つきが、いままでとは違う深刻な状態になった。」

■ 「夫が子供の前でも私を怒鳴りつけたりするので、子供はいつのまにか夫の顔色をうかがうようになりました。夫が留守で、私と子供だけのときは、笑うことが出来る。でも夫が帰ってくると、子供も笑わない。こんな状態ではよくないと思いながら、別れることはなかなか決められなかった。結婚して初めて暴力があったとき、実家の母に相談したんです。くわしくは話さなかったんだけど...そのとき母が『父親のいない子にするの?』と言ったんです。その言葉が頭にこびりついていた。子供ができたときに仕事をやめて、ずっと専業主婦やってきたから、ひとりでやっていく自身もなかった。」

■ 「暴力に怯え、びくびくして暮らす生活からなんとか抜け出したかった。母子寮に入れれば、自分と子供だけでなんとかやっていけるんじゃないかと思って、役所に相談に行った。係りの人は、私の家の家族構成を聞いたとたんに『ご主人がいらっしゃるのなら、入居はできないですね』と言った。私は別れて暮らしたいと思っていること、夫との生活に疲れ果てていることなどを一生懸命説明したが、『じゃ、離婚するんですね。離婚が成立したら申し込めます』と言われた。目の前が真っ暗になった....自分でアパートを借りるようなお金はない。まず親子で生活できる場所に移って、それから離婚することはできないんだろうか?」

■ 「暴力にじっと耐えていたわけじゃない。実家や市内の親戚の家、友人の家、いろいろなところに逃げた。でも、いつも夫が迎えに来て大騒ぎをするので、そこにいられなくなって、結局、戻るしかなかった。暴力がひどくて、警察を呼んだこともある。警察は同情してくれて、夫を一晩留置場に入れて説教してくれたが、夫が戻ってきたら、もっとひどい暴力になった。
 冷静に話し合える相手じゃなかった。さんざん苦労して、逃げ出すための作戦を立てようと決めた。二年間我慢して、離婚についていろいろな本を読んだり、雑誌の記事を切り抜いたりした。まず、パートで働き始めた。自分名義の貯金通帳をつくってパートの給料を夫には内緒でへそくりをした。アパートを借りる費用の50万円がなんとか貯まったので、家を出やすい子供の夏休みにあわせて、隣の街のアパートを契約した。家を出る直前に、最低限の荷物は、夫に気づかれないように友人の家に送った。子供と二人でアパート生活を始めて、小さなスーパーの仕事が決まった。給料は七万円位で、生活はぎりぎりだ。もう少し安定した仕事に変わりたいと思う。今月までは貯金の残りでなんとかやっていけるが、それからは、思い切って生活保護を申し込むつもりでいる。」

■ 「夫が急に離婚を言い出しました。とにかく出て行けというんです。理由?よくわかりません。女性がいるのかもしれないけれど、わからない。夫の給料がいくらか私は知らないんです。貯金があるのかないのかもわからない。いままで見せてもらったことはありません。混乱してどうしたらいいかわからないんです。出て行けと言われても、行くところはない。実家は頼れません。どうしたらいいんでしょうか?」